「夢月」 の藤白さんから素敵な頂き物をしましたvvv
私が七夕の時に雑記で書いてた戯れ言を、それはもうすばらしいお話にしてくださったんですvvv
藤白さんのお話は原作の雰囲気に近い二人があったかくて優しくて甘くて大好きですvvまさに癒し系な佐仁vvいつも癒してもらってます!!
佐助の天然っぷりと仁吉のツンデレ(笑)っぷりをご堪能ください〜vv
藤白さん、ありがとうございました!!
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■ 星祭 ■
「楽しそうだねぇ、佐助」
達磨火鉢にかけた薬缶の湯で茶を淹れて、湯飲みを手渡した佐助を見て、若だんなが苦笑する。
「明日は、年に一度の七夕ですから」
「あぁ、天の川に舟が着くんだね」
「はい。やっと仁吉に逢いに行けます」
嬉しさを隠し切れないといった様子で、佐助は答えた。
仁吉との仲を裂かれて数年になる。
佐助と仁吉の関係が深くなるにつれ、若だんなのことを頼んだ皮衣は少しばかり不安になった。
若だんなを一番に考える二人のこと、万に一つでも若だんなを放って置くことなどないだろうが、その小さな心配に気付いてしまった茶吉尼天が、二人を離れ離れにしてしまったのだ。
決して泳いで渡ることなど出来ない、長く深い神の川が創られ、仁吉はその対岸に連れて行かれてしまった。
しかし、あまりに嘆く二人を不憫に思った茶吉尼天は、年に一度だけ、その川に渡し舟を出した。
七月七日、その舟に乗り、佐助が仁吉に逢えるように取り計らったのである。
「元気かねぇ・・・そうだ、佐助。これを仁吉に渡しておくれな」
若だんなは、稲荷神社のお守りと、ビードロで作った根付けを懐から取り出すと、佐助に手渡した。
「仁吉の奴、きっと喜びますよ」
それを受け取り、手ぬぐいにそれらを包むと、佐助は懐にしまい込んだ。
「くれぐれも躰に気をつけるように、伝えとくれ」
「若だんなに言われちゃ、おしまいですね」
「ひどいよ、佐助」
真面目な顔で告げた佐助に、若だんなは頬を膨らませた。
「さぁ、もう遅いですから、お休みなさい。明後日には戻ってきますから、ちゃんと暖かくして、ご飯も食べてくださいね。夜更かしもしちゃ駄目ですよ。外出なんてもってのほかですからね」
佐助は、若だんなを布団の中に放り込むと、つらつらと言い聞かせた。
「・・・分かってるよ。おやすみ」
うんざりしたように溜息をつくと、若だんなは瞳を閉じた。
翌朝、自然と目が覚めた若だんなは、障子の向こう側から聞こえてくる音に飛び起きた。
慌てて障子を開けると、空はどんよりと灰色の雲に覆われていて、庭の木々たちが空から落ちてくる水滴の重さに項垂れている。
「佐助・・・これじゃあ舟は出ない・・・って、何処に行くんだい?」
廊下に立ち尽くしたまま、じっと天を仰いでいた佐助は、突然、着物の裾を持ち上げて、帯の中に挟み込んだ。
「泳いで行きます」
言って、廊下を歩いて行く佐助に、若だんなは目を丸くした。
「ちょいと、無理だよ! 佐助ってば!」
この雨では、舟が出ないどころか、川も氾濫しているだろう。
若だんなは慌てて後を追いかけると、庭に下りた佐助の袖を掴んで止めた。
「駄目です、若だんな。それ以上出たら、濡れて風邪を引いてしまいます」
佐助は若だんなの手が濡れているのに気付くと、手ぬぐいで拭いてやり、屋根の下から出ないように軽く押し退けた。
「大丈夫ですよ。泳ぎは得意ですから。それに、この機会を逃したら、また一年逢えないですからね。それだけは御免です」
きっぱりと告げると、佐助はぺこり、と頭を下げて、降りしきる雨の中、木戸へと走って行った。
天の川は、既に泥の川のように濁っていた。
水かさが増え、風雨に波打つ水面は、近付く者を拒むかのように荒れ狂っている。
「・・・よし」
だが、佐助は意を決すると、川に飛び込んだ。
途中で何度も押し戻されそうになる。自分が何処を泳いでいるのかも分からない。
前に進んでいるのか、流されているのか、どれだけの間泳いでいるのか、まるで総ての感覚が狂ってしまったかのように、何も分からなくなっていた。
やがて、一体どうやって辿り着いたのか、気が付けば、手が地面に触れていた。
何とか川から上がり、降り続く雨の中、川の傍の一軒屋に向かって駆けて行くと、佐助は思い切って戸を開けた。
文を書いていたらしい仁吉は、その手を止めると、顔を上げる。
「おや、佐助。何しに来たんだい?」
しれっと言われ、佐助は一瞬言葉を詰まらせた。
「何しにって・・・逢いに来たに決まっているじゃないか」
それでもめげずに答えれば、
「この雨の中をかい? 川も氾濫しているのに、馬鹿じゃないのかい?」
容赦のない言葉が返ってくる。
「ば・・・今日を逃したら、またお前に一年逢えないんだぞ? そんなの耐えられるわけがないだろう」
ぽたぽたと、髪から雫が落ちて頬を伝う。足元には既に水溜りが出来ていた。
仁吉は、これ以上濡れようがない姿に、大仰に溜息をついた。
「あのねぇ、佐助。何のための渡し舟だと思っているんだい?」
「え?」
「舟も出ないような日に、泳いで渡って来ちまってどうするんだい」
その言葉に、佐助はポン、と手を打った。
「毎日、逢いに来られるな」
「・・・あたしを怒らせたいのかい?」
ゆらり、と殺気が立ち昇り、半妖の姿になった仁吉の銀髪が波打った。
「え? 待てっ 何でだ?」
訳が分からない、といった様子の佐助に、仁吉は人の姿に戻ると、がっくりと肩を落とした。
「いいかい? あたしたちが逢えないように、あの川は流れているんだ。逢うためには、年に一度の渡し舟を使うしかない。つまり、普通は、あの川は渡ることができない。勝手に川に入って死んだって、文句が言えない川なんだよ」
何も言い返せずに立ち尽くしている佐助に、膝を向けてきちんと座り直すと、仁吉はすぅっと瞳を細めた。
「大体、どうやって帰るつもりなんだい? まさか、また泳いで渡ろうなんて馬鹿なこと考えてるんじゃないだろうね?」
問われて、佐助はきょとん、とした顔を向けた。
渡し舟は、向こう岸から来て、翌日、向こう岸へ帰ることになっている。
泳いで来てしまったのでは、帰りの舟がない。
「・・・あぁ、そうか」
とにかく逢いに行くことだけを考えていて、それ以外のことは考えもしなかった。
「・・・やっぱり、考えてなかったのかい」
仁吉は呆れたように額に手をやった。
「まぁ、明日の舟は、出してくれることになっているから」
「は?」
意外な言葉に、佐助は目を瞬かせた。
「まさか、自力でこちら側に辿り着いたとでも思っているのかい?」
「違うのか?」
真剣に問い掛ける佐助に、仁吉は再び溜息をついた。
「若だんなに感謝するんだよ。川に飛び込んだお前を見て、皮衣様に守ってくださるよう、お願いしてくださったんだ」
「・・・そうだったのか・・・」
漸く事態が飲み込めたらしく、佐助は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「いや、悪かった。帰ったら、若だんなにもちゃんと謝って礼を言おう」
「まったく、二度とこんな馬鹿なことするんじゃないよ」
少し咎めるように言ってから、仁吉はふっと微笑う。
「それにしても、ずぶ濡れじゃないか。いくらお前でも風邪を引くよ。風呂に入って温まっといで」
そして、居間に置いてあった佐助の着物と手ぬぐいを差し出した。
佐助は、驚いたようにそれを見つめると、改めて部屋の中を見回した。
湯のみが二つ、盆に乗っている。傍には、一人では食べきれないほどの茶菓子もある。
座布団も二枚出してあるし、奥の方には膳がちゃんと二人分用意してあった。
「お・・・」
思わず、その口元が綻ぶ。
「・・・ひょっとして、待っててくれたのか?」
「馬鹿なこと訊くんじゃないよ。何年付き合ってると思ってるんだい。お前がしでかしそうなことくらい、見当が付くよ」
そう言って、仁吉は眉根を寄せた。
「・・・まさか、本当にするとは思わなかったけどねぇ・・・」
「仁吉」
佐助は思わず、その躰を抱き締めていた。
「ちょいと、あたしまで濡れるじゃないか」
それでも、伝わってくる冷たい筈の佐助の躰は、何故か温かくて心地よい。
「どうせだから、一緒に入ろう」
にっと笑うと、佐助は仁吉の躰をひょい、と抱き上げた。
「何するんだい!」
「だから、風呂」
少し頬を赤らめて、声を上げた仁吉の頬に軽く口付けると、佐助は有無を言わさず、すたすたと廊下を歩きだした。
「・・・まったく・・・ちっとも変わらないね、お前は」
呆れたように言いながらも、仁吉は口元に微笑を湛えると、腕を首に廻した。
「今更、変わりようもないさ」
佐助は笑うと、足早に風呂場に向かい、二人は冷えた躰を湯舟に浸けた。
「しかし、そもそも年に一度という約束なのに、雨の日は舟を出さないというのは、納得いかねぇ」
布団の上に胡坐を掻いて、徳利からお猪口に酒を注ぐと、佐助はそれを一気に飲み干した。
「あぁ、それについても、若だんなが頼んでくださった。次からは、雨でも舟が出るみたいだよ」
「本当か?」
佐助の前に座り、その胸に背中を凭せ掛けていた仁吉の言葉に、佐助は嬉々とした声を上げる。妖の姿であれば、尻尾をぱたぱたと振っていることだろう。
「それなら、年に一度というのも、もう少し増やしてもらえないだろうか」
「一度に欲張りすぎだよ」
真面目な顔で呟いた佐助に、仁吉は苦笑した。だが、佐助は背後からその躰を抱き締めると、溜息をつく。
「そう言われても・・・一年は長すぎる」
「確かにそれはそうだねぇ・・・」
それには仁吉も頷いた。
「長いお預けだね」
くすくすと微笑って、首を反らして顔を上げると、
「ちゃんと一年待ってたご褒美をあげなきゃね」
仁吉は佐助の頭に手を廻して、そのまま軽く引き寄せると唇を重ねた。
「お前への褒美は?」
耳元に唇を近づけてそっと囁くと、仁吉はくすぐったそうに肩を竦めた。
「あたしはもう、もらったよ」
「え?」
首を傾げた佐助に、ふわり、と微笑う。
「お前が、ここにいるじゃないか」
はにかむように微笑った仁吉に、佐助は少し驚いたようにその顔を見つめていたが、すぐにその躰を抱き締める腕に力を込めた。
「このまま、掻っ攫っちまおうか」
「馬鹿だね。そんなことをしたら、今度は二度と逢えなくなるよ」
微笑った仁吉の細い指が、佐助の頬にそっと触れる。
「どうして、大切なものを大切だと想うことが、いけないんだ」
佐助は、仁吉の肩口に顔を埋めた。
「若だんなは大切だ。ちゃんとお守りしたいと思う。だが、お前のことも大切だ。それを偽ることはできん。好きなものを好きと言って、何が悪い」
きっぱりと告げた佐助に、仁吉は困ったように微笑う。
「本当にお前は真っすぐだねぇ・・・まぁ、いつか分かってくださるさ。それまでの辛抱だよ」
「そんな気の長い・・・」
がっくりと肩を落とした佐助に、
「おや。そんなに長い間想っていられないとでも?」
少し意地悪く問えば、佐助は眉間に皺を寄せた。
「馬鹿を言うな。俺はお前のことを忘れたことなど、片時もない。これまでも、これからもだ」
「・・・あたしもだよ」
にっこりと微笑った仁吉の額に口付けて、そのまま鼻筋をなぞると、佐助は再び唇を重ねた。
遠くに雨の音を聞きながら、確かめ合った互いの温もりの余韻に浸る間もなく、障子の向こうがうっすらと光を帯び始める。
やがて、腕の中の温もりに、別れを告げる時が来る。
陽が昇り、迎えの舟が来て、佐助は向こう岸へと帰っていった。
また一年、逢えない時を過ごすのだ。
別れ際に見せた仁吉の、哀しいほどに綺麗な笑顔が胸を締め付ける。
「———夜明けなど、ずっと来なければいいのに」
ぽつり、と呟いた声が、今も耳を離れない。
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